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フィリピン

フィリピンの選挙は命がけ


フィリピンでまた政治家襲撃事件が発生し、副町長候補者が重体となった。場所は北スリガオ州タガナアン町ということだから、ミンダナオ島北部か。

フィリピンの選挙関連の事件ではミンダナオ島マギンダナオで起きた大虐殺事件が記憶に新しいが、ほんの数日前にも選挙関係者の乗り込んだバスが襲撃されていた。

しかし、一つ一つの事件を上げていったらきりがない。なぜなら、フィリピンでは選挙期間中に例年多くの死傷者が出る。2004年の総選挙では249件の事件が起こり148人の犠牲者が、そして2007年の中間選挙では229 件の事件が起こり121人の犠牲者が出ているそうだ。

これはフィリピンの政治家の利権が如何に大きいかの現われでもある。命をかけてまで、政治家になりたいのだ。

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フィリピン 戒厳令解除

大量殺人発端の戒厳令解除へ…フィリピン
フィリピンのアロヨ大統領は12日夜、州知事選に絡む大量殺人事件を受け、南部ミンダナオ島マギンダナオ州に発令していた戒厳令を解除する。令状なしの身柄拘束と人身保護令状の請求権停止措置は解除されるが、非常事態宣言は継続し、事件に関与したとされるアンパトゥアン州知事一族の私兵団摘発を続ける。政府発表によると、戒厳令発令後、軍と警察は一族と私兵団計529人を拘束。私兵団による大規模攻撃の危険性が低下し、一定の司法、行政機能が回復したとしている。戒厳令をめぐっては「非常事態宣言で対応可能で、人権侵害の恐れがある」との反発が相次ぎ、国会で戒厳令の失効を求める決議案の審議が進んでいた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091212-00000916-yom-int


先週、12月4日からフィリピン・マギンダナオ州に布告されていた戒厳令が今日付け(12月12日)で解除された。戒厳令は11月23日、マギンダナオ州で起きた選挙に絡んだ57人の虐殺事件に関連したもの。事件の全貌および背景は「マギンダナオの大虐殺」に詳しい。



フィリピンで戒厳令が布告されたのは、マルコス独裁政権下の1972年~81年以来であり、アロヨ政権は、この戒厳令を全土へ拡大するつもりなのではないかとして批判を受けていた。憲法では戒厳令の布告は「侵略又は反乱」に対してのみ適用されるとされており、「今回の事件は反乱にはあたらない」として国会で戒厳令取り下げを求める決議が準備されている中での戒厳令解除だった。来年5月に選挙をひかえるアロヨ政権としては与党に対する無用な疑惑を晴らすことがより重要と判断したのかもしれない。



ミス・アース2009 優勝者



「ミス・アース(Miss Earth)2009」の決勝大会が22日、フィリピン・ボラカイ(Boracay)島で開催され、ブラジル代表のラリッサ・ラモス(Larissa Ramos)さんが栄冠に輝いた。そのほか、フィリピン代表、ベネズエラ代表、スペイン代表がそれぞれ入賞を果たした。ミス・アースはミス・ユニバース、ミス・ワールド、ミス・インターナショナルと並ぶ国際的なミス・コンテスト。



missbrazil1
MISS EARTH
LARISSA RAMOS (Brazil)


missphilippines2
Miss Air
Sandra Seifert (Philippines)


missvenezuela1
Miss Water
Jessica Barboza (Venezuela)


miss spain2
Miss Fire
Alejandra Echeverria (Spain)


Finalists
Alejandra Castillo Munera (Colombia)
Pascale Nelide (Martinique)
Izabela Wilczek (Poland)
Rujinan Phanseethum (Thailand)



エストラーダはB級映画俳優か?



記事は2010年5月のフィリピン大統領選挙にニワトリのモノマネが上手い人や、自分を「最後の救世主」と呼んでいるちょっとアレな人が続々と届出をしていて、但し、そうした人たちの多くは選挙管理委員会から立候補が認められないだろうという内容だ。

但し、気になる記述が一箇所あった。記事の結びで

「例えば、出馬を表明しているジョセフ・エストラダ(Joseph Estrada)前大統領。98年にB級映画俳優から大統領になったが、3年後に無血クーデターで追放され、不正蓄財で終身刑判決を受けながら、恩赦で釈放されたというなんとも「カラフル」な経歴だ。」

と書いてあるのだが、果たしてエストラーダ大統領はB級俳優だったのだろうか?気になったので調べてみた。

すると

His film career spans 33 years, from 1956 to 1989. He played the lead role in more than 100 movies, and was producer of over 70 films. He was the first FAMAS Hall of Fame awardee for Best Actor (1981) and also became a Hall of Fame award-winner as a producer (1983).He also founded, together with Dr. Guillermo De Vega, the first Metro Manila Film Festival in 1975

エストラーダの映画経歴は1956年から89年までの33年に及び、エストラーダは100本以上の映画で主役を、70本以上の映画でプロデューサーを務めた。エストラーダはFAMASでベスト・アクターとして殿堂入りした初めての人物であり (1981年)、またプロデューサーとしても殿堂入りしている(1983年)。またエストラーダは1975年にメトロマニラ映画祭を初めて開催した創設者の一人である。

ということだ。

ちなみにFAMASとはFilipino Academy of Movie Arts and Sciences Awardの略でフィリピン映画芸術及び科学アカデミー賞のこと。これはアカデミー賞のフィリピン国内版であり、フィリピンで最も権威ある賞らしい。

なおかつ「Hall of Fame]とは殿堂入りを指し、FAMASのベスト・アクター賞自体は62、64、66、69、81年と実に5回も受賞している。エストラーダが政治家に転身したのは69年(町長)のことだから、それまでの受賞は政治とは無関係に獲得したと考えられる。

そうすると、エストラーダとはB級映画俳優からは程遠い、フィリピンアカデミー賞を何度も受賞し、殿堂入りさえした、フィリピンの国民的俳優と言えるのではないだろうか?

いくらエストラーダ大統領を揶揄したいとは言え、事実でないことを報道に書くのはマズイと思うなあ。だって、この記事読んだ人はエストラーダをB級俳優出身だと思い込むよ。確実に。




フィリピンの選挙関連暴力・殺人

フィリピンでは総選挙の年には例年多くの選挙がらみでの傷害・殺人事件が起こる。
<フィリピン>知事選候補者の妻ら36人殺害

フィリピン南部ミンダナオ島マギンダナオ州ダトアブドラサンキ町で23日、来年5月の同州知事選の立候補届け出に向かっていた候補者の妻 や地元記者らを乗せた車列が武装グループに襲われ、誘拐された。国軍によると、妻や記者ら36人が現場近くの山中で遺体で見つかった。

 国軍によると、100人ほどの武装グループが車列を待ち伏せしていた。候補者の副町長らと対立していた現職知事一族が、事件に関与しているとみている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091123-00000052-mai-int


2004年の総選挙では249件の事件が起こり、148人の犠牲者が出た。そして2007年の中間選挙では229 件の事件が起こり、121人の犠牲者が出た。

このようにフィリピンの選挙は金と暴力と銃が支配すると言われており、毎回100人を超える死者を出しているわけだが、今回のように一度に30人以上が犠牲になったのは初めてかもしれない。

なおかつ、今回は知事へ立候補しようとした副町長が、自分が届出をすると波風が立つと思い、暴力沙汰を避けるためにわざわざ妻をはじめとした女性支援者と報道関係者だけを向かわせていた。

そこへの襲撃とあって、その暴力性には驚くばかりだ。



場所はイスラム教徒ミンダナオ自治地域(Autonomous Region in Muslim Mindanao, ARMM)にあるマギンダナオ州ダトアブドラサンキ町である。同州やミンダナオ島のほかの州では、政敵の一族同士の衝突や復讐が頻繁で、報復殺人も少なくない。島内には無法地帯も多く、銃の不法所持が増加している。

フィリピンの中でもミンダナオ島はイスラム教徒が多く、現在でも一部地域ではイスラム武装勢力と国軍との間での交戦が続いている。

日本人からすれば、同じ時代を生き、同じ空気を吸っているとは思えない出来事かもしれない





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